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社長

2018.01.01

SCRAP&BUILD~新年のご挨拶


新年明けましておめでとうございます。
旧年中は格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。
(株)モリ・エンタープライズ代表の森です。

19世紀のイギリスに、チャールズ・ダーウィンという人がいました。
『進化論』ですとか『種の起源』などの著作で高名な自然科学者です。
彼が遺した格言ともいうべき、こんな言葉をご存知でしょうか?
最も強いものが生き残るのではない。唯一生き残ることができるのは、変化できるものである
これは、生物の種の繁栄や衰退について、彼が到達した真理を表した言葉だと思います。
たとえば約7000万年前、人類が誕生するずっと前の時代、地球の支配者は恐竜たちでした。
とても大きくて強い生物でしたが、彼らはある時期に一気に絶滅してしまいました。
その原因は色々推測されていますが、最も有力なのは、巨大な隕石が地球に衝突して、
その影響で自然環境や気候、生態系がガラリと変わってしまい、
恐竜たちはそんな環境の変化に適応できなかったため、という説です。

さて、新年早々なぜにダーウィンや7000万年もの昔の話を持ち出すのか (笑) と申しますと、
最も強いものが生き残るのではない。唯一生き残ることができるのは、変化できるものである
この格言の意味するところは、企業のあり方、ビジネスの世界にもそのまま
当てはめることができると思うからなのです。ビジネスの格言風に言い換えれば、
最も強い企業が生き残るのではない。唯一生き残ることができるのは、変化できる企業である

「インスタ映え」なんて新語を巷でよく耳にするように、昨今、写真というものは
当然のごとくケイタイやデジカメで手軽に撮影し、画像データとして保存し、
パソコンやオンライン上でシェアするモノになっています。
ですが少し前までは、写真はフィルムを使って撮影し、プリントして残すモノでした。
そんな時代、国内フィルム市場で圧倒的シェアを獲得していたのが<F社>でした。
フィルム事業は、同社の業績の6割以上を占める経営の基盤だったそうです。
ちなみにフィルムの世界市場を牛耳っていたのは、<K社>というアメリカの巨人企業。
しかし、ご存じのように画像技術については、あれよという間にデジタル化が進み、
フィルム市場は急激に縮小、大げさに言えば市場そのものが消滅し、
その結果<F社>は本業喪失の危機に見舞われました。
しかしながら、同社は依然日本を代表する大企業として存続し、今日でも輝いています。
業績の6割以上を失うクライシスに遭遇しながら、なぜでしょう?
それは同社が、デジタル化の波を緻密に予測し、環境の変化をいち早くとらえて、
新規事業や業務改革、組織改革に積極的に取り組んでいたからなのです。
今ではフィルム事業の売上はわずか1%くらいらしいですが、その代わり、
デジカメや印刷などのイメージング分野、医療品・薬品などライフサイエンスの分野、
さらには女性はよくご存じかと思いますが、化粧品分野でも大成功を収めています。
これらは、写真フィルムで育んできた技術を活用したモノだそうです。
つまり、<F社>は、市場で強かったから、大企業だったから、生き残ったわけではない。
環境に応じて変化できる企業だからこそ、生き残ったのだと思います。
一方、変化できなかった<K社>は5年程前に破産、世界的大企業の落日は人々を驚かせました。
まるで、環境に対応できなかった、あの大きな恐竜たちが滅びたように…

さて、私どもの主たるビジネス・フィールドである葬儀市場も
ここ10年来緩やかながらもダイナミックな転換を見せてきています。
最大の変化は、「葬儀の小規模化」という業界全体が抱える抜本的な問題です。
葬儀は近親者のみでこじんまりと送るのが良し、という消費者意識がもはや定着しつつあり、
その結果、死亡人口は増えつつも、1件当たりの会葬者数は減り、小さなお葬式が増え、
多くの葬儀関連業社が減益に頭を悩ましています。
マーケットの環境が10年前とはガラリと変わってしまったわけです。
弊社もこうした市場の変化に応じて、ビジネスの在り方そのものを変化すべき時に来ています。
従来のビジネスモデルでは、もはや変わってしまった市場に対応することは極めて難しい。
「葬儀の小規模化」の波は、収益とコストのバランスをつき崩してしまったからです。
なので、前述の<F社>のように、私どももこれまで培ってきたスキルを生かし、
新時代の新マーケットに適応した新ビジネスモデル導入の準備を整えています。
もちろん<F社>ほど抜本的な業務改革でこそありませんが、
来春からは、弊社の商品力を活かしつつ、これまでの業務上のデメリットを排除した
そして葬儀市場の未来に対応した新たなサービス形態を本格導入する計画です。
そのためのプロジェクトを、社内では先だってから慎重に進めております。
このチャレンジが成功するか否か、それにはまず商品力が重要なのは言うまでもありませんが、
なにより、弊社で働く社員ひとり一人が変化することを恐れないこと、
新しいことへの挑戦を厭わない社員であることが大切だと思うのです。
これは、経営者である私にも同様にあてはまることです。
人間って、できれば同じことをしていたい。新しい道を模索し歩むことは、
怖いし不安だし、アタマも体力も時間も使いますし、そもそも面倒に感じてしまいがちです。
しかし、これをやらなければ、今やらなければ、成功させなければ、
私たちも環境の変化に対応できず滅びていった種や企業と同じ道を辿ることになります。
最も強い企業が生き残るのではない。唯一生き残ることができるのは、変化できる企業である
この言葉を胸に、本年は社員全員が瑞々しいチャレンジ・スピリットを秘めて
新たなビジネスモデルへと踏み出す、 そんな弊社の姿をお見せしたいと思います。

皆様に於かれましても、昨年以上に飛躍の年になりますように。
本年も株式会社モリ・エンタープライズをどうぞ宜しくお願い致します。

株式会社モリ・エンタープライズ
代表 森 洋一

2017.02.03

Kyun death

こんにちは。
(株)モリ・エンタープライズ代表の森です。
どうでもよろしいお話を一席。

日曜日の昼下がり。
ボケ~と眺めていたバラエティー番組に出ていた若い女性タレントの口から
私の耳へ聞き慣れない単語が飛び込んできました。
「もぉ、きゅんしですよ~❤」
...ん?...きゅんし、って何ナニ?
キョンシーなら知ってるけど。

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違うよな(笑)
不思議に思って、側にいた家内に尋ねました。
「キュン死よ。知らないの?」

【キュン死】心臓が止まってしまいそうなほど胸がキュンキュンときめくこと。
      好きな人の言動で胸が締め付けられ、心を奪われて骨抜きとなる状態を意味する。

...だそうです。「胸キュン」という言葉は昔からありますが、この最上級表現ということか。
しかし、モノすごいインパクトありますよね、このコトバ。
キュン❤っていう可愛らしい語感に、死というギャップのある忌まわしい単語が合体して、
人の気持ちが最高にハッピーな状態を意味するなんて。
日本語表現の奥深さ(?)を感じます。
ちなみにですね、この「キュン死」、英語ではどう表現するのか調べてみました。
ありましたよ。
"I just died of cuteness."
可愛さのあまり即死しちゃった、てなカンジでしょうか(笑)
胸が超ときめくと心臓が止まりがちになるのは、どうやら世界共通のようです。
キュンとキュート、語呂が似てるのも面白いですね。

ちょっと前に流行った「壁ドン」「顎クイ」なんてのも斬新ですよね。
これら3つは、漫画やアニメから発生した新語なのでしょうか。

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世界に冠たる日本のサブカルチャーの表現力の凄みを感じますね。
まぁ、これらの言葉を使う機会は私には今後も訪れないと思いますが。

ところで「キュン死」「壁ドン」「顎クイ」、
この3つの新語に共通する法則を発見したんです(たいしたことではありませんが)。
キュン❤、ドン!、クイッ、そうです、どれも擬音プラス名詞という構成なんですね。
「ドシャ降り」「ゴロ寝」「ガタ落ち」この辺りと文法的には同類ですか。
なるほど、ならばこのポイントを押さえれば、法則に従って、
面白い新語を自分で創って流行らせることが出来るかもしれませんよ。
「ウハ注」なんてのはどうでしょう?

【ウハ注】商品の注文がドンドン入って、ウハウハでもぉ笑いが止まらない経営状態を意味する。

「今月もウハ注だぜ!ウハハハハ!」なんてワイングラス片手に豪快に笑いたいですね。
「バリスタ」ってのもいいかな。

【バリスタ】何をやらせても優秀でバリバリ仕事のできるスタッフのこと。

「ウチの会社はバリスタ揃いですよ」「営業3課の○○さんって、ほんとバリスタよね~、素敵!」
こんな使い方。いかがでしょう?

「言葉は生き物」なんてよく言われますが、
時代と共に使われ方が変化したり、そもそもの意味も変容したり、
新しい言葉が次々と生まれては消えていく。
今回取り上げたような若い人特有のコトバやイントネーションがあったりして。
若者文化に迎合するつもりもありませんが、
興味を持ってちらりと観察してみるのも、たまにはイインジャネ。

株式会社モリ・エンタープライズ
代表 森 洋一

2017.01.01

Like a Rolling Stone~新年のご挨拶

新年明けましておめでとうございます。
旧年中は格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。
(株)モリ・エンタープライズ代表の森です。

さて、去年の話をすると鬼はどうするのか判りませんが(笑)、
2016年、個人的に驚いた世界的なニュースのひとつが
アメリカのミュージシャン、ボブ・ディラン氏のノーベル文学賞受賞でした。
ご存知のように、彼は作家ではなく、60年代から活躍している
アメリカ音楽界のレジェンドともいうべき存在で、
その楽曲の詩の文学性の高さに対して贈られたとのことです。

彼の代表曲の一つに、"♪Like a Rolling Stone"という歌があります。
転がる石のように、という意味ですね。
この曲のタイトルは、ある英語の諺に由来しているそうです。
"A rolling stone gathers no moss."
日本では、「転がる石には苔が生えない」などと訳されています。
ずっと同じところに留まっている石は、やがて苔むしていくが、
ずっと転がり続けている石があるとしたら、そこには苔なんて生えるヒマもない、
そんな意味になるのでしょうか。これをポジティブに解釈すれば、
「転がる石」をつねに行動的でチャレンジ精神に溢れた人の喩えと捉え、
そういう心持ちの人は、いつまでも新鮮で若々しい存在でいられる、という意味になります。
(ちなみに解釈によっては、真逆の意味もあります)

この「転がる石には苔が生えない」という格言、
私は大好きな言葉で、自分の人生におけるテーマというか、こういう生き方をしたい、
という意味で、心の引き出しに大切にしまってある言葉なのです。
いつも行動的な人間でありたい、新しい挑戦を続け、変化することを厭わない人間でありたい、
そうすることでいつまでも新鮮な人生を歩みたいですし、
いつまでも気持ちの上では若々しい存在でありたい、と思っています。
そう実践できているかは自分では判断つきかねますが、やはり人は挑戦することや
変化することを辞めた時にココロもカラダも老いていくと思うのですね。

こうした考えは、企業のあり方にも当てはまると思うのです。
会社を取り巻く環境、経済状況や業界の構造はどんどん変化していきます。
人の価値観の移り変わりもスピードアップしてきた観があります。
時代の一歩先、あるいは半歩先を見ながら、つねに柔軟に変化できる企業体質でなければ
いつしか取り残されて苔の生えたような老いた会社になってしまいます。
新しい商品やサービス、新規事業など、私どもの前には挑むべきテーマはたくさんあり、
そこに向けていつもに旺盛にチャレンジし、自ら変化を続けていくことで、
いつまでも新鮮で魅力的な企業であり続けたいと思っています。
私どもの会社も、ポジティブな意味で、転がり続ける石でありたい。
そのためには、経営者だけではなく、「企業は人なり」とよく申しますように、
なにより弊社社員の一人ひとりが転がり続ける石となり、
チャレンジングな姿勢で日々の仕事にのぞんでいかなければなりません。

2017年、あるいはその先、私たちの進んで行く向こうには、
急な昇り坂が待ち構えているかも知れません。それでも下から上に転がり昇って、
乗り越えていけるような勢いを持った会社であり続けるよう
社員一同、今年もがんばっていきたいと思っております。

皆様に於かれましても、昨年以上に飛躍の年になりますように。

本年も株式会社モリ・エンタープライズをどうぞ宜しくお願い致します。


株式会社モリ・エンタープライズ
代表 森 洋一


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2016.06.17

Last message in your life


こんにちは。
(株)モリ・エンタープライズ代表の森です。

ここのところ世間で紛糾をよんでいた舛添都知事、
極めて不名誉なカタチで辞職してしまいましたね。
私が大学生の頃、「朝まで生テレビ」という討論番組に
大学教授時代の彼がパネリストとしてよく出演していました。
弁舌鮮やかに論敵をバッサバッサと斬りまくる姿を見ていて
あ~こんな人が政治家になったら頼もしいなぁ、
なんて当時思っていた自分としては、なんだかとても残念に思えます。
とかく政治家は、金がらみの不祥事で去っていくケースが多いですね。
富や権力というものは、かくも人の生き方を変えてしまうものなのでしょうか・・・

さて、そんな話にもちょっと関連しているのですが、
最近読んで、感銘を受けた本を一冊ご紹介したいと思います。
『課長島耕作』などの作品で知られる漫画家弘兼憲史氏の手による
『いかに死んでみせるか』という書籍です。

Photo

タイトルだけ見ると、ん?死に方の手引書ですかぁ~、睡眠薬がいいか、いっそ飛び降りか、
なんて誤解しそうですが、内容はまったくそんな不謹慎なものではなく(笑)、
歴史上の人物から著名人、芸能人、市井の人まで死に直面したさまざまな人々が残した
遺書や遺言、末期のセリフなどの言葉を集めた本なのです。
この世の去り際に、人はどんな言葉を残したのか、
泣ける言葉、沁みるセリフ、ちょっと笑える話まで
その人を象徴するエピソードとともにたくさん綴られています。

なかでも私が最も感銘した言葉をひとつご紹介します。
それは、あのスティーブ・ジョブズ氏が遺した遺言とも言える文章です。
アップル社を創業し、世界でも指折りの成功者であると同時に、
iPhoneやiPad、iTuneなどの斬新なプロダクツを次々と世に送りだし、
私たちのライフスタイルを激変させた革命児ともいえる存在。
2011年に癌のため56歳の若さで亡くなってしまいましたが、
ビジネスの頂点を極めたかに思える彼が死を察し
自分の人生を振り返り、到達した思いを象徴する一言が、次のようなものでした。

「死ぬ時に富は持っていけないが、愛は持っていける。」

最初は、ちょっと意外に感じました。
あのジョブズ氏のことですから、もっとトンがった言葉を残しそうなものだけど、と。
エキセントリックな彼にしては、優しい、と言おうか、スウィートと言おうか・・・
しかし、彼の場合、突然死ではなく、徐々に病に蝕まれていったという状況でしたので、
いろいろと考える時間があったからこそ、このシンプルな思いに行き着いたようです。
この言葉に至るまでの少し長い文章として残っていますので、以下要約して記します。

「私はビジネスの世界では、成功の頂点を極めたと言えるかもしれない。
たしかに、他の人からは私の歩んできたこれまでの人生は、
典型的な成功の縮図に見えるに違いない。
しかし、こうして人生の終わりになってみれば、私がこれまで積み上げてきた多額の富など
私の人生のなかの単なる一つの事象でしかない。
こうして病室のベッドに横たわっていると、これまでの人生のさまざまなシーンが次々と甦り、
そのたびに私がこれまで誰よりもプライドを持っていた地位とか名誉や富は、
迫りくる死を目前にして色褪せていき、今やほとんど何も意味をなさなくなってきている。」

偉大な業績を残し、世界的な名声や尊敬、巨万の富を集めた彼ですから、
自分の人生に対して大いなる達成感に満ちていたでは、と思っていました。
私の浅はかな考えとは裏腹に、彼にとってそんなものは
人生のなかの単なる一つの事象にしか過ぎず、何の意味もなさない、とまで言い切っています。
以下、続きます。

「私は、今思う。 私が勝ち取った多額の富は、私が死ぬ時に持っていけないが、
愛は持っていける。
私が今、死とともに持っていけるものは、愛に溢れた思い出だけだ。
これこそが、本当の豊かさであり、いつもあなたに生きる力を与え、
あなたの道を照らしてくれるものなのだ、
愛ある思い出をつくりなさい。
誰もがいつか、自分の人生の幕を下ろす日が必ずやってくる。
その日のために、今からでも遅くない。
あなたの家族に愛情を注いであげよう。
あなたのパートナーのためにも、友人のためにも。
そして、最後にあなたに。
自分を大切に。他人にやさしく。」

彼の遺産は、なんとまぁ、約8600億円!だったといいます。
それだけお金があっても、不治の病の前では何の役にも立たない。
どれだけ権力があっても、決められた運命からは逃れられない。
せいぜい庶民より、いくらか上等な病室のベッドが与えられるくらいでしょう。
そのベッドにずっと横たわりながら、召されるまでのいくばくかの時間、
頭の中では、これまで生きてきた長い長い日々が走馬灯のように巡りては巡っている。
想像してみてください。
その膨大なシーンのなかに、誰かに深く愛された記憶、
誰かを強く愛した思い出がもし見つからなかったなら。
富や権力に執着している自分の姿しか映し出されなかったなら。
そして、ベッドの側にいつもいてくれるのは、病院に雇われた看護士だけだったなら。
自分がこれまで積み重ねてきた何十年という時間は、なんて乾いたものだったんだろうか・・・
人生の最後の最後に、そんな寂寞の思いに打ちひしがれてしまうでしょう。

お金なんかなくても、ビジネスでたいした成功ができなかったとしても、
残された時間を、愛してくれる人や愛してやまない家族に見守られ、
愛に溢れたたくさんの思い出に包まれて過ごしていけたなら。
死に際して役に立たないお金をいくら持っているよりも、
それはずっと贅沢なことなのかも知れません。

「死ぬ時に富は持っていけないが、愛は持っていける。
私が今、死とともに持っていけるものは、愛に溢れた思い出だけだ。」

ジョブズ氏が遺したこの深い言葉は、そんな意味なのだと思いますし、
成功の頂点を極めた彼が言うからこそ説得力をもつ、ひとつの真理かと思います。
私はこの言葉に触れて、思わず目からコンタクトレンズが落ちました。

自分が人生の終焉を迎えんとする時、どんな言葉を残すのだろうか。
名文句を残せるとは到底思いませんし、死を目前にして大した境地に達せられるとも思えません。
でも、それを今考えてみる事は、自分がこれまで生きてきた道、
これから生きてゆく道をしっかりと見つめ直すことになるでしょう。
やっぱり、死ぬことは残念に思っても、生きてきたことに後悔を残したくありませんよね。
偉大な先達スティーブ・ジョブズ氏が悟り、私たちに指し示してくれたように、
愛に溢れた思い出をどっさり持って、ハッピーエンドで旅立ちたいものです。
とは言え、ジョブズ氏には遥か及ばずとも、もうちっとビジネスでも成功したいですな(笑)

さて、あなたは最期にどんな言葉を残しますか?


株式会社モリ・エンタープライズ
代表 森 洋一

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2016.01.06

Good job!


こんにちは。
(株)モリ・エンタープライズ代表の森です。

弊社の社員用パソコンの画面上には、こんなオリジナルのアイコンが置いてあります。

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コレ、<やるね!>ボタンといいます。
ネーミングは、FACEBOOKでおなじみの<いいね!>ボタンをもじったものですが、
さてさて、一体、どんな機能・使い方をするものだと思いますか?

これは、言ってみれば、弊社の社内ネットワーク上の掲示板のようなもの。
社員の誰もが自由に書き込めるですが、ルールがひとつだけあります。
それは、他社員の仕事ぶりを褒める内容をアップする、ということなんです。
誰かが誰かの日頃の仕事を見ていて、「お、この人、いい仕事してるな~、やるね!」と感心した時に
その行動を書き込んで、社員みんなに公開するのです。

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先輩も後輩も、序列も部署も関係なく、良い仕事をしている人を褒めて上げるシステム。
自分の何がどう褒められたのかは履歴として残り、
また他社員が褒められた内容を閲覧することもできます。

書き込む内容は、どんな些細なことでも構いません。
たとえば、「Aさんは、今日、出荷商品の汚損を2個も発見しました。やるね!」
と思ったら、ポチッとボタンを押して書き込む。

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「Bさんは、取引先のホールの床に落ちていたゴミをさりげなく拾っていました。やるね!」
で、ポチッと書き込む。
「Cさんは、今日の会議でいい意見を出し、事案をまとめるのに貢献しました。やるね!」
で、ポチッと書き込む。
「Dさんは、営業所内の掃除を自発的にもくもくとやっていました。やるね!」
で、ポチッと書き込む。
と、まぁ、こんな具合。まったくもって主観的な話で構わないのです。

私がこのようなシステムを導入しようと思った一番の理由は、
「仕事ぶりを褒められることが、社員の成長に大きく役立つ」と信じるからです。
一般に、高度成長期を経て成長してきた日本企業の多くは、
「厳しく鍛える・叱って育てる」ことで、社員を成長させる風土・社風だったのでは、と感じています。
ある時代に於いては、そういうやり方が効果的だったのかも知れません。
しかし、社会や世代が変わり、ビジネス環境や労働意識が大きく変化してきた現代、
厳しいだけの企業風土では、えてして社員を萎縮させ、主体性に乏しい人物を育んでしまいがちではないか。
むしろ、「褒めて育てる、良いところを伸ばす」社員教育の方が、
自身のやる気を鼓舞し、仕事へのモチベーション・アップや原動力になるのではないか、と考えるからです。
振り返れば、会社員として成長期の頃の自分がそうでしたし、
いい歳こいた今に至ってもそんな面ってやっぱりあると思います(笑)。
やっぱり人は、褒められたり認められたりすると、もっと頑張れるし頑張りたくもなりますよね。
そんなカンジで、社員の成長の為のちょっとしたサプリになれば、と導入したシステムなのです。

さらには、この<やるね!>、経営者の立場からしても、なかなかメリットがあります。
自分の目の届かないところでの社員の日々のガンバリ、といったものが見えてくるし、
縦割りの会社組織では表に出ない社員の細やかな努力、といったものが聞こえてきます。
「ほぉ~、彼(彼女)はこんな気配りがある人なんだ・・・」なんて、
意外な人の意外な面がチラ見できて、社員のキャラクターを知る上でも参考になります。

ただコレ、個人が自発的に書き込むものなので、なんだか照れ臭いのでしょうかね、
導入して半年ぐらいになりますが、今のところアップされる頻度が思ったより少ないです・・・
上手に他人を褒めることが苦手と言われる日本人の気質が出ている気がします。mmm
欧米の方のように “ Oh, good job! " なんてカンジで、
もっとカジュアルに褒めてあげればいいのに、って思いますがね(笑)。

褒められたことがきっかけで、仕事がもっと好きになり、スキルが高まっていく。
お互いの良い点を認め合い、お手本にし、そして自分の仕事へもフィードバックする。
社内の雰囲気がそんな風に温まれば、やがては会社全体の成長にも繋がっていくことでしょう。

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そして、お取引様や業界の方から、「おっ、この会社、やるね!」なんて声が
いつか聞こえてくれば素晴らしいことですね。


株式会社モリ・エンタープライズ
代表 森 洋一

2016.01.01

NEXT FIVE YEARS~新年のご挨拶


新年明けましておめでとうございます。
旧年中は格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。
(株)モリ・エンタープライズ代表の森です。

さて、いよいよ新たな年がスタート致しました。
以前にもアナウンスさせていただきましたが、
弊社は昨年7月1日をもちまして、創業25周年を迎えることができました。
これも長きに渡り弊社を支えていただきましたお取引先様のおかげと改めて感謝しつつ、
いっそう皆さまの期待に応えるべく、気持ちも新たにして26年目を歩み始めております。

自社の商品やサービスのクオリティで社会や業界に貢献し、
働く社員に経済的な安定と将来への安心感を提供することが
会社代表として自分の果たすべき使命だと考えております。
そのためにはもちろん、会社の経営を永く健全なカタチで存続させていかねばなりません。
しかしながら、先行きが今ひとつ晴れ渡っていない日本経済の動向、
そして大きく様変わりをみせてきた冠婚葬祭マーケットの現況そして今後をふまえますと
あまりに遠くを見つめるばかりでは、肝心の足下をすくわれてしまいがちです。
ですので、やや短期的なスパンや描き易い近未来に視点を置き、
たとえば5年後の会社の有り様を具体的にイメージすることで
まずはそこへ向けて着実に歩を進めていきたいと考えております。
5年後の2020年には、私が代表という立場になってからちょうど10年を数え、
弊社は創業30周年という新たな節目を迎えます。
そして、ご存知のように、その年は東京オリンピックが開催される年でもあります。
思えば、前回の東京オリンピックの年に生まれた私が、今、会社代表の端くれとして立ち、
そして新たなオリンピックの年に自分の会社が大きな節目を迎える、という巡り合わせになるわけです。
日本中が沸き立っているだろうその時に、私の会社も熱い会社として活躍できているか否か。
自分が思い描いている会社の姿で、社会に対してプレゼンスを発揮できているか否か。
これまで経営者として積み重ねてきたことの成果、もっと大袈裟に言えば、
これまで自分の生きてきた証をその時問われるかのような気がして、今から身が引き締まる思いでいます。
長いようで短いこの5年、先達の皆さまのご厚誼を賜りながら、
自分自身と会社の研鑽を怠らず、描いている会社の未来図を現実のものとすべく、
日々精進していきたいと思っております。

皆様に於かれましても、昨年以上に飛躍の年になりますように。
本年も株式会社モリ・エンタープライズをどうぞ宜しくお願い致します。


株式会社モリ・エンタープライズ
代表 森 洋一

2015.06.15

The "OKONOMI-GAESHI" Start up!


こんにちは。
株式会社モリ・エンタープライズ代表の森です。

先週8、9日に開催されました<フューネラルビジネスフェア2015>、
お忙しい中、弊社ブースにお立ち寄りくださいましたお客様、
大変ありがとうございました。
弊社商品をご紹介いただくことができ、また貴重なご意見・アドバイスを頂戴し、
私どもにとって、とても実りのある2日間でした。


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今回のブースでは、弊社の即返しの新サービス”お好み返し”こと
『プレミアム・チョイス ギフトカタログ』にフォーカスを当て
そのメリットをご紹介させていただきました。


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サービス内容を判り易いようにマンガで表現してみましたが、
いかがでしたでしょうか?
会場内で、ちょっと浮いている感がありましたね(笑)


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これまでの即返しの返礼品とは異なり、
会葬者様がご自身で嗜好に合ったアイテムをお選びいただくことができ、
葬儀社さまにとっても、業務の簡素化やさまざまなメリットのある
システムだと考えております。
詳しくは、特設ページをご覧下さい → 特設ページはこちら
ご要望・ご質問など、なんなりとお問い合わせいただけましたら幸いです。


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これからも、葬儀社さま、喪主さま、会葬者さま、各々にとって
価値のある葬儀ギフトをご提案してまいります。
今後とも、株式会社モリ・エンタープライズをどうぞ宜しくお願い致します。

それでは、また来年のフューネラルフェアでお会いしましょう。

株式会社モリ・エンタープライズ
代表 森 洋一


2015.02.16

Let's Go Crazy


こんにちは。
(株)モリ・エンタープライズ代表の森です。

私が大学生の頃、大好きだったカリスマ・ロックスター、Prince。
ヌメヌメとなんだか爬虫類チックなビジュアル(笑)に、
見た目とウラハラな(失礼)高い音楽性で一世を風靡したミュージシャンですネ。

Princevancouver 

80年代半ば、彼の全盛期を代表する一曲が、”♪Let' Go Crazy”。
この曲を耳にすると、今でも青春時代が鮮やかに甦ります(笑)
・・・おっと、今回のブログのテーマは、Princeではありませんでした。
前回アップしました幕末の思想家吉田松陰のお話の続き、
彼が弟子たちに残した『言葉』について書いてみたいと思うのです。なのに、なぜにPrince???
実はその『言葉』というのが、意味するところ、この曲のタイトルと同じ「Let' Go Crazy」なのですね。
もちろん松蔭先生が三味線をペケペケつま弾きつつ、♪レッツ・ゴー・クレイジィィィィ~!と
甲高い声でシャウトしたわけではありません、念のため(笑)

彼が愛弟子たちに投げかけた言葉、
それは、『諸君、狂いたまえ』。

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吉田松陰は学者であり思想家ですから、実にたくさんの言葉や句を残しています。
有名どころの一例をあげれば、

「死して不朽の見込みあらばいつでも死ぬべし。
生きて大業の見込みあらばいつでも生くべし。」

~死ぬことによって後世に残る志が成就できるならば、いつでも死ぬべきだ。
生きていることで大きな志が達成できるのならば、どんなことをしても生き延びるべきだ。

「至誠にして動かざるものは、未だこれ有らざるなり。」
~誠心誠意を尽くして事にあたれば、どんな難局でも必ず動かすことができる。
もし状況が打開できないとすれば、まだ自分の誠意が足りないからだ。

「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、
実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし」

~読んでの通り。

「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」
~自分の命がこの武蔵野のどこかで終えることになっても、自分の志だけは永遠に留めておきたい。

最後の句は、処刑前日に牢獄の中で詠んだ辞世の句とされています。
自分の生死など度外視した、狂おしいまでの情熱がひしひしと伝わってきます。
そしてこの言葉通り、彼の肉体は滅んでも彼の魂は弟子たちに受け継がれ、
のちに見事な花を咲かせたのは、歴史の示す通り。
彼の残した言葉はどれも意味深く、心に留めておきたい格言ばかりなのですが、
やはりその生き様を鮮やかに象徴し、残された者たちにひときわ強い影響を与えたのは、
前述の強烈なメッセージ、『諸君、狂いたまえ』ではないかと思います。

『狂う』とは、どういうことなのでしょう?
今日では、あまり良い印象のある言葉ではありませんね。
彼の言う『諸君、狂いたまえ』とは、なにも乱痴気騒ぎのような
ハチャメチャな行動をしろ、ということではありません。
『狂う』とは、現実や日常の枠にとらわれないで、自分の信念に従い行動すること。
一見非常識なことを、分別を忘れ、志に向かって大真面目に取り組んでいくこと。
常識にとらわれていては、大きな改革は成し遂げられない。
大志へがむしゃらに突き進むその姿や行動は、普通の人の目には『狂っている』と映るのでしょう。

「西洋の文化をこの目で見たい」という一心で、国禁を犯し、死を覚悟してまで
黒船に密航しようとした吉田松蔭は、確かに狂っていたのでしょう。
わずか80人足らずの兵で、2000人以上の正規軍相手に絶望的とも言える戦いを挑み、
長州藩統一の奇跡を成し遂げた高杉晋作※は、その時、狂っていたのでしょう。

Takasugi ※高杉晋作・・・松蔭の愛弟子。奇兵隊を創設し、長州藩を倒幕へ方向付けた、明治維新の立役者。

百姓出身で馬に乗ることすらままならない伊藤博文※が
誰も賛同者のいない高杉の挙兵に自分一人でも付いていく、と心に決めた時、
のちの立身出世が視野にあったわけがなく、それは狂った決断だったのでしょう。

Ito ※伊藤博文・・・松下村塾に学び、倒幕運動に参加。維新後は、初代総理大臣など歴任し、政治家として活躍。

松蔭の弟子たちは、『諸君、狂いたまえ』の教え通りに、信念に従い、
その常識破りの行動をもって日本の新しい扉を開く担い手となっていきました。

歴史を振り返れば、世の中の変革者には、常に『狂』があったのだと思います。
まさに『狂った』人々こそがそれまでの常識の殻を突き破り、
科学を、文化を、社会を、人間を、新しいステージへと押し上げてきました。

「ヒトは、猿から進化しただって? アンタ、狂ってるんじゃないの!」
「リンゴが木から落ちるのをずっと眺めているあの子は、頭がおかしいのかしら…」
「地球の方が宇宙をクルクル回ってる?そんなこと考えるお前がクルクルパーだよ(笑)」

そして、現代の変革者にも、松陰先生と似た言葉を残している人がいます。
2011年に亡くなったアップルの創業者にして偉大なCEO、スティーブ・ジョブズ氏です。

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彼が若者たちに残した有名なセリフ、”Stay foolish"をご存知でしょうか。
直訳すれば、『馬鹿であれ』ですね。
そう、松蔭先生のメッセージ、『諸君、狂いたまえ』を想起させませんか?
この言葉は、大学生に向けたスピーチの最後を結ぶフレーズなのですが
(正しくは、"Stay hungry, stay foolish."です)、
スピーチ全体から読み解くと、私はこのフレーズを、以下のように意訳しています。
「人の言うことや世の中の常識に惑わされず、自分の信じた道を往け。」

人が何かを始める時、それが新しいことである程、画期的なことである程、
既成概念や傍から見たらCrazyやFoolishと思われるのでしょう。
先入観や固定観念を打ち破り、自分の信念を貫き通せた者だけが、世の中を改革することができる。
真のイノベーターだった松陰先生やスティーブ・ジョブズ氏が到達し、
次代の若者たちに伝えたかった真理は、つまるところ、そう言うことだと思うのです。

「それは判るけど、世の中を改革するとか、そんな壮大なことって、自分には縁のない話だなぁ・・・」
なんて感じる人がほとんどだと思います。
そりゃそうですよね、たしかに。
日本という豊かで安定した国に暮らして、とくに政治家を目指しているわけでもないし、
みなさん、仕事に追われる毎日をクリアするのに一生懸命なのですから。
でも、そうした日々の仕事、そのやり方や取り組み方にだって、改革は必要ではないでしょうか。
「今までずっとこうしてきたから・・・」「こうやるように指導されたから・・・」
当たり前と思っている枠に捕らわれ過ぎていては、
社員としても企業としても、新たな発展の芽は育たないと思います。
同じことの繰り返しの業務だからこそ、もっと効率的な手法はないものか探ってみる。
馴れ合った仕事だからこそ、客観的な視点でやり方を今一度見つめ直してみる。
それまでの業務の常識を破ることで、画期的な成果が生まれることだってあると思うのです。
いままでの自分の仕事スタイルを変えることで、ひと回り成長することだってあると思うのです。
これまで同様の仕事ぶりからは、これまで同様の成果しか得られないのかも知れません。

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仕事の上での改革は、松蔭先生やその弟子たちが成し遂げた偉業に較べれば、
あまりに矮小な話に思えるかも知れませんね。
でも、回りの社員や上司から批判的な視線や否定的な言葉を浴びつつも、
自分の信念やアイデアを貫き通すのは、会社員として大きな勇気がいるし、
これを成功に導くのは、充分にチャレンジングなことだと思います。
その結果、日々の業務の流れに新しい潮流が生まれ、会社が少しでも改革・改善され、
業績の上で成果や進歩を得ることができたなら、それは素晴らしい。
社員の本懐、ここに極まれり、ですよ。
そんな事をアタマの片隅に置きながら日常の仕事に向き合ってみると、
見慣れたオフィスの風景がまた違って見えてくるかも知れません。

「日本の改革」が吉田松陰のライフワークだったとすれば、
私たちにとっては、今、取り組んでいる仕事こそが、まさにライフワークなのですから。

「Let' Go Crazy」。


株式会社モリ・エンタープライズ
代表 森 洋一

2015.01.30

The Master Shōin


こんにちは。
(株)モリ・エンタープライズ代表の森です。

若い頃から、歴史、とくに日本史が好きでした。
とりわけ幕末・維新の動乱から新政府が立ち上がり、明治~大正~昭和にかけて
日本という若い国が世界へ勇躍していく、いわゆる近代史に醍醐味を感じます。
その手の書籍はノンフィクション、伝記、小説を問わず読みあさり、
またこの時代を背景としたドラマや映画も随分観てきましたね。

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さて、そんな私が、今、楽しみにしているのが、日曜の夜、
この1月からはじまったNHKの大河ドラマ『花燃ゆ』です。
時代はドンズバの幕末から維新にかけて、舞台はこの頃、最も熱かった長州藩(現在の山口県)、
物語は、あの吉田松陰とその周辺の人物を描いた群像劇になっていくそうです。

吉田松陰といえば、幕末の思想家・兵学者であり、
明治維新の精神的指導者として広く知られている人物ですね。
そして、私にとっての歴史上No.1ヒーローであり、数多の長州志士たちの中で
不動のセンターといってもいい、あの高杉晋作の師にあたる人物です。

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松陰先生、こうして見ると、ずいぶん枯れた人物に見えますが、
たしか29歳の若さで亡くなっているんですよね・・・
老け顔だったのでしょうか(笑)

彼がその短い人生の中で、どんな志をもち、いかに行動し、そして何を残していったのか。
詳しくは、大河ドラマの影響でここのところ書店には関連書籍が沢山並んでいますので
是非ご一読をお勧めしますが、要約すれば、綻びを見せ始めた幕藩体制に危機感を募らせ、
<日本>という国そのもの、そしてその精神を守り続けるために自らアクションを起こし、
そして志に共鳴した多くの弟子たちを育てた生涯でした。
基本的には学者なのですが、座して書を学ぶと言うタイプではなく、
非常に行動的な人物だったようです。たとえば、知識を吸収するために、
当時は重い罪だった(死刑になることも)脱藩をしてまで地方に遊学したり、
鎖国まっただ中のこの時代にあって「先進国の文明をこの目で見たい」という熱情から、
来航したペリーの黒船に密航を企てたり(これ以前にもロシアの艦隊にも密航を計画しています)、
幕府の独裁政治に業を煮やし、なんと自ら老中暗殺を企てたり・・・
この件なんかは、弟子たちが逆に先生を諭し、あまりにアクティブな師を必死にひきとめています(笑)
純粋すぎるほどに実直な行動力から、何度も何度も牢獄に入れられ、
そして国を憂う熱い想いは幕府に通じることなく、ついには志半ばで処刑されてしまいます。

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そんな、よく言えば言行一致の行動派、悪く言えば突き抜けてクレイジーな過激派、
といった松陰先生ですが、彼の最大の偉業は、やはり、その志を受け継ぐ
多くの素晴らしい弟子たち、人物を育てた、という点につきると私は思います。
彼の私塾<松下村塾>は、倒幕や維新に功のあった志士たち、
そして明治新政府の中心となって、新しい日本という国家を牽引した多くの人物を輩出しています。
一例をあげれば、長州藩の尊王攘夷派の中心人物として高名な久坂玄瑞、
奇兵隊を組織し倒幕へと長州藩の舵を取った高杉晋作、のちの初代総理大臣伊藤博文、
日本軍閥の祖山県有朋、維新三傑のひとり木戸孝允も彼の教えを受けています。
まさにそうそうたる人物が松蔭の薫陶を受け、その志を継承し、彼の死後、
倒幕~維新~新国家設立・運営という、壮大なムーブメントの中心的存在として活躍していくのです。

さて、吉田松陰の生きざま、そして彼が育てた多くの弟子たちとの関係性は、
『人の上に立つ者はどうあるべきか』、『理想的な指導者・リーダー像』について考えさせてくれます。
私も一応肩書的には会社のトップということで社員たちを牽引する立場であり、
そして弊社のセクションごとには、部下を引っ張っていく役職・リーダー職がいます。
優れた部下を育てること、社員にやりがいをもたせる、ということ。
会社組織の中で上に立つ人間に課せられた、この重要な責務を達成するためのヒントが、
松陰先生と弟子たちとの人間関係のなかに垣間見えてきます。

まず、彼の生き方から学べるのは、『指導者こそ自らが真っ先にアクションを起こすべき』、ということ。
一般的に組織の中でそれなりのポジションに昇格してしまうと、
「動く」より「動かす」ことの方に注力してしまいがちです。
会社や上司からの指示を待つだけの『指示待ち社員』は困ったものですが、
自分では動かず、部下に指示するだけの『指示だけ上司』ではやはりダメでしょう。
まず自らが率先して行動すること。まず自らが難題にチャレンジしてみること。
その情熱的な姿は、きっと下の者たちに見られていて、良い影響を与えるはずですし、
自分で経験しなければ分からない、的確で説得力のある指示や指導力も発揮できるはずです。

逆に、自信に満ちたリーダーにありがちな、部下を自分の型に嵌め、
手綱をつけて強引に引っ張っていくようなやり方も、どうなのかなと思います。
『黙って俺の言う通りにしろ』的な豪快リーダーは一見頼もしいカンジもしますが、
組織として長い目で見れば、あまり褒められた上下関係ではないかも知れません。
もちろん力強いリーダーシップは必要なのですが、かと言って部下を自分のコマのように
動かすのではなく、部下たちに自分のアタマで考えさせ、自律的に行動させることが大切です。
イギリスの諺に、『馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない』
というものがあります。人は他者に機会を与えることはできるが、
それを実行するかどうかは本人のやる気次第、という意味ですね。
<松下村塾>は、先生が一方的に弟子に教えるスタイルではなく、先生が弟子と一緒に
意見を交わす場だったといいます。教師と生徒という立場ではなく、共に学ぶ同士として
平等な立場で接しました。門下生たちは、師の思想に触れ、師と問答を繰り返し、共に学んでいくうちに
その志は伝播し、いつしか自分のものとなり、やがて自らが行動を起こし、偉業を達成したのです。
成果を出すためには、本人たちのモチベーションを上げてやる気を起こさせること、
自律的な行動力を発揮させること、組織の中でそんな場を作ることが大事なのではないでしょうか。

そして最後のポイントは、部下をきちんと褒めていますか?、ということ。
松陰先生は、バツグンの「褒め上手」でした。自分とそう歳の差もない弟子たちに対して、
本人の前だけでなく、他人への手紙のなかでも何回も繰り返し褒めています。
それって、ちょっと褒め過ぎじゃないの、というくらいに(笑)
高杉晋作や久坂玄瑞に対しては、人物としてこれ以上はない程の賛辞を贈っていますし、
身分の低い出身で塾の末席にいた伊藤博文についてさえもちゃんと見ていて、
「将来なかなかの政治家になるだろう」などと予言にも似た言葉で賞賛しています。
それも通り一遍のお世辞じゃなく、その人の持ち味を活かした的確な言葉を用意しているかに思います。
「褒め上手は、育て上手」なんてよく言いますが、
これはなにも子育てだけでなく、大人を育てるにも大切な姿勢なのですね。
人は誰でも褒められればうれしい。それが、仕事のうえで上司からの言葉であれば、なおのこと。
褒められれば、それが自分への自信となり、栄養となり、次の仕事への活力となる。
しかしながら、日々の業務では、とかく失敗した場面での叱責の方が多くなりがちではないでしょうか。
もちろん、時として厳しい言葉を投げかけることも必要ですが、
やはりそれ以上に日頃から充分なお水をあげたいですよね。
その人なりの個性や長所をしっかりととらえて、良い点を伸ばすような褒め方をしたいものです。

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・・・いやぁ、それにしても人材を育成するというのは、なかなか難しいテーマです。
松蔭先生のやり方は、多分に彼自身のキャラクターによるところも多いとは思いますが、
弟子たちの素晴らしい成長を見れば、上記のようなポイントは真理のひとつなのかな、と感じます。
他人に厳しく自分に甘く、社員や部下への点数付けがとかく辛くなりがちな私としては、
自分でこうも書きながら、どれも耳が痒くなってくるような話しばかりです(笑)。
しかし、この偉大な先人の生き方・教え方をお手本に弊社の組織にもフィードバックして、
働く人それぞれが志をもち、自律的な行動力を存分に発揮できる会社にしていきたいものです。
会社の質は、イコール社員の質。
会社というものは、やっぱり<人>でできているわけですから。

次回は、松蔭先生が、弟子たちに残した『言葉』について書いてみたいと思います。

株式会社モリ・エンタープライズ
代表 森 洋一

2015.01.01

THE YEAR OF RE-BORN~新年のご挨拶


新年明けましておめでとうございます。
旧年中は格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。
(株)モリ・エンタープライズ代表の森です。

2015年が幕を開けましたが、本年は私どもにとって節目の年になります。
7月をもちまして、弊社は創業25周年を迎えます。
四半世紀という長い年月にわたり無事経営が存続できたのも
私ども自身の努力というよりも、なにより弊社を支えていただいた
お取引先様の恩恵と自覚し、深く感謝を申し上げます次第です。
さらに次の25年に向けて、気持ち新たに努力邁進して行く所存であります。

さて、統計によりますと、日本の中小企業の平均寿命というのは、23年だそうです。
短いと感じるか、意外と長いと捉えるか・・・
人間の一生というものは、幼少期にはじまり、少年期・青年期があり、壮年期を経て、
老年期を迎えるわけですが、企業の一生にも同じような推移があって、
会社がまだよちよち歩きの創業期、業績を伸ばして行く成長期、
そして安定期を経て、やがては衰退期を迎えるそうです。
このスパンが、平均23年ということでしょうか。

しかし、世間には30年、40年続いている会社は無数にありますし、
100年に及ぶ歴史を持つ企業だって、そう珍しいものでもありません。
平均寿命を越え、より長く存続するために重要なことは何なのでしょうか?

ビジネス書や経営の指南書を読み解きますと、以下のようなロジックが書かれていました。
会社が成長し経営が安定期に入った時に、ただその状況に甘んじているだけでは、
やがて衰退期を迎えてしまう。むしろ安定期だからこそ、何か大胆な事業革新を行うことで、
安定→衰退という流れを断ち切り、もう一度企業としての成長期を迎え直す、ということなのです。
思いきった業務拡張ですとか、新規事業への参入ですとか、画期的な新技術・新サービスの投入ですとか、
業種によってテーマは様々だと思いますが、要はこれまでとは少し違う新しいステージへ経営の舵を取る、
そして、その分野で新たな成長をめざし、成功を獲得し、新たな安定へと繋げてゆく。
こういったRE-BORN(生まれ変わり)を繰り返すことで、
会社はより強く、より長く存続していく可能性がある、というものです。
日本を代表するような大企業も、このような道を何度も歩んで今日の姿に至っているのだと思います。
人は成長期を繰り返すことはできませんが(肉体的には)、
会社は何度でも成長期を迎え直すことができるのですね。

弊社も25周年を機に、初心に還り、業務上で馴れ合いになってしまった部分を戒め、
なによりも先を見据え、私ども自身RE-BORNを迎えるべく、そのスタートとなる年にしたいです。
後日あらためてアナウンスさせていただきますが、
まずは弊社のコア・コンピタンス事業である葬儀返礼品、なかでも即返しの分野で、
今年より新たなサービスを展開する準備ができております。
先に述べたような、事業を革新するという程の仰々しいものではありませんが、
こちらを皮切りに次々と新しい商品・サービスに取り組んでいく予定です。
現況に甘んじることなく、つねにチャレンジャーの気概を忘れず、
新しいことに貪欲に立ち向かっていく、そんな姿勢を大切にしていきたいと思っております。

皆様に於かれましても、昨年以上に飛躍の年になりますように。
本年も株式会社モリ・エンタープライズをどうぞ宜しくお願い致します。

株式会社モリ・エンタープライズ
代表 森 洋一